《頓兵衛娘於ふね》出版年の典拠

今日は芝居番付をもとに《頓兵衛娘於ふね》出版年の裏付けをしていく。

今回は辻番付、役割番付、絵本番付と三点セットが入手できた。
まず辻番付。これは前も話したとおり興行前の宣伝として使われるもの。

『神霊矢口渡』辻番付: arcBK01-0093_08 
立命館大学アート・リサーチセンター 所蔵

かなり見にくいがポイントだけ追っていく。
右側のいちばんの太字が外題『神霊矢口渡』。その下の細字で横並びに書かれているのは役柄と役者名。その欄を左に目で追っていくと最後に少し大きな文字で「中村座」とある。そのあとはイラストになるが、その枠の左上に「来る五月三日より」と告知がある。
年代が見当たらないのが少し気になるので、念の為、同時上演の外題『仇縁浮名琫*(あだなえん うきなのこいぐち)』は、他の心霊矢口渡興行との混同を避けるために記憶しておく。
まずは、5月3日から中村座で『神霊矢口渡』が上演されるということがわかった。

次は役割番付。こちらも興行前の告知だ。

『神霊矢口渡』役割番付: arcBK02-0113-001 
立命館大学アート・リサーチセンター 所蔵

こちらは表紙。役者の名前が定紋と一緒に記載されています。中央の堂々とした太字は座元「中村勘三郎」。この役割番付は表紙を入れて6頁の冊子。中には『神霊矢口渡』『仇縁浮名*』のほかに『月梅摂景清(つきのうめめぐみのかげきよ)』、『手向杜若四季咲(たむけぐさゆかりのしきざき)』も上演予定とされていた。
イラストはなく、演目の謳い文句が書かれている以外は配役と役者、演奏者など関係者の名前で紙面がギュウギュウ詰めだ。

『神霊矢口渡』役割番付: arcBK02-0113-001 
立命館大学アート・リサーチセンター 所蔵

役割番付の最後のページ。左下の枠の始めに「嘉永元戌申年五月九日より」とあり、年表示もある。辻番付の告知より開演が6日ほど遅れたようだ。

最後は絵本番付です。こちらは興行が始まってから手にすることが出来るものだ。

『神霊矢口渡』絵本番付:arcBK03-0094-166 
立命館大学アート・リサーチセンター 所蔵

目に着くのは大きく両側に書かれた「飛ゐき連中」。連中(れんじゅう)とは歌舞伎用語で俳優を後援する観劇団体のこと。今で言うならファンクラブと言ったところだろう。この表紙のレイアウトは定番となっているようだ。中央には中村勘三郎の紋、そして外題『神霊矢口渡』『仇縁浮名琫』「中村座」と書かれている。
こちらは最終頁。

『神霊矢口渡』絵本番付:arcBK03-0094-166
立命館大学アート・リサーチセンター 所蔵

上にはお決まりの「千穐万歳 大入叶」。下に「狂言作者」(歌舞伎の脚本家のこと)とありますが、この部分は今回確認した6つの絵本番付すべて空欄になっている。そして上部最後に「嘉永元申年 五月九日より」とあった。

3種類の芝居番付の内容から、1848(嘉永元)年5月9日から江戸中村座で『神霊矢口渡』が上演されたことがわかった。

これらの典拠によって、国芳の《頓兵衛娘於ふね》はこの興行に合わせて1848年に出版されたことが明らかになった。

*立命館大学ARCや早稲田の演博データベースなどでは「仇縁浮名☆(あだなえん うきなのこいぐち)」と、最後の字が☆印で書かれています。問題の文字は「琫」です。漢字源や漢和中辞典でも見つからないので、一般の言語ソフトにデータが入力されていないためにコンピュータ入力ができない状態なのだと思います。

参考サイト
「仇縁浮名琫」 コトバンク・日外アソシエーツ「歌舞伎・浄瑠璃外題よみかた辞典」歌舞伎・浄瑠璃外題よみかた辞典
https://kotobank.jp/word/仇縁浮名琫-2108871