《谷風》ガラス絵

ガラス絵の内容をみていこう。

まず画面向かって右上に画題「谷風」とある。青の背景に黒字で書かれている。ガラスの反射もあって少し見にくい。この作品が谷風を描いていることは、この力士の廻しを見るだけで一目瞭然だ。今で言う化粧廻しの形だが図柄はなく、谷風という名前だけ書かれている。実際の江戸時代の力士はどうだったかわからないが、相撲絵では名前だけの化粧廻しはよく見かける。

右側、化粧廻しの下がり(総:ふさ)の少し上に、「春英画」の署名と2つの印影のようなものが描かれている。

「谷風」E.Takino氏所蔵

2つとも陽文風。小さい方は黒字の円のなかにはハッキリと「極」と読める字が描かれている。改印による出版規制最初期、1790(寛政2)年〜1804(文化1)年に使われた印影を模したようだ。一方、それより大きく赤字で描かれた方は、私を書いたのか判別不明。漢字の知識がない人が漢字らしく、印影らしく描いたものように見える。この2つの印は一部重なるように置かれていて、見る側からは、黒字の「極」のほうが赤の上になっている。ガラス絵の特徴から、つまり赤が黒のあとに描かれたようだ。
とはいえ、現段階では画像を拡大してみているので、この点は実際に作品を見て確認することが重要だとおもう。

「谷風」E.Takino氏所蔵

もう一つ、谷風の右足元、内側にも印影を模したものが描かれている。これはかすかに見える状態でも記憶が蘇る板元だ。蔦屋重三郎などと並ぶ大手の錦絵版元、西村屋与八の永寿堂の印を模したものとわかる。

ここまでをまとめるとこうなる。
画題:谷風
絵師:勝川春英
改印ほか:極・?
板元:永寿堂・西村屋与八

磬子の彫物

今回は磬子の彫物を見ていこう。

ところで、この磬子素材。見た目の印象ではブロンズ。表面は漆がけのようで艶がある。

BlueIndexStudio所蔵

側面上部の刻字。右から「大和屋重作 安永三年申午九月十三日」

安永三年、1774年、江戸時代中期だ。

大和屋といえば商人の屋号として時代劇でも聞く機会が多い。
大店の主が菩提寺に寄贈したものかもしれない。

江戸時代の大和屋重作をオンライン検索したが、成果がなかった。
あまりによくある屋号で逆に難しいのかもしれない。

磬子


こちらの磬子。

BlueIndexStudio所蔵

近所のジャンク屋(親しみを込めてこう呼ぶ)Phillの店で写した画像。個人宅の仏壇のお鈴サイズではない。

実寸は、直径47.8cm, 深さ40cm, 胴回り160cm

磬子と書いて「けいす」とも「きんす」さらに「大徳寺りん」とも読むそうだ。
知らなかった。
そして新しいものはオンラインショップ楽天でも見かけた。自宅用に購入するというのは一般的ではないだろうから、やはりお寺さんをターゲットにしているのだろう。今時はこうしたものもオンラインショッピングするのだと、これまた初めて知った。


あたらしい同居

ウチはたびたび同居が増える家だが、今回は少しスケールが違う。

いつもの近所のジャンク屋さん。
大型品が置かれるスペースの真ん中、古い看板や用途が判然としない謎のもののなかに、なんだか見覚えのある色と形。どうみてもお寺のご本堂におられる方。

地面に直置きされている。
あっけにとられて呆然と見ている私に店の主人は「ねえねえ、なんて書いてるのー?」たびたび立ち寄るうちに、勝手に私を日本・中国ものの鑑定人と決めている。漢字が読めると誰でも鑑定人になれるようだ。
「ほら、ガラスボードのせるとおしゃれなコーヒーテーブルになるし、植木のカバーにもなるよね〜」「でも、ちょっと座りが悪いから底を平らにしないと!」
あきらかに何者かを知らないで店頭に並べている。

お労しいと思いながらもそのまま帰宅。
翌朝、うちのM「なんか、呼ばれてる気がする…」

そして一時間後、快適な移動を提供するために持参したビーチタオルにくるまれたお姿のまま、落ち葉が散り始めた芝の上に鎮座。

まずは長旅の身を清めていただき、我が家に同居と相成り候。

「俺たちの国芳 わたしの国貞」

ボストン美術館(MFA)所蔵の大規模な浮世絵展が渋谷で開催中との情報入手。これを見逃す手はないと帰国時のToDoリスト最上位に記入。

そして、見てきた「クニクニ展」。


作品の鮮明さ、言葉を失うほど。今刷り上がった状態を見ているような瑞々しい発色で紙の表面もふっくらと初々しく、空摺もはっきりとそれとわかる。黒色など特に、色が紙に食い込みながら紙面にも盛り上がっているような立体感さえ感じられるほど。
いずれの作品も緩急が効いた構図と背景・人物が醸し出す躍動感、柔らかな奉書紙に強く刻まれた墨色の輪郭線、選び抜かれた色彩コーディネート、市井を牽引する流行感覚の鋭さ、幕末の江戸で、絵師・彫師・摺師と版元のプロデュース力のいずれが欠けても叶わなかったであろう、潔く魅惑的な世界が繰り広げられていた。

もう一つ驚いたのは会場の混雑の甚だしいこと。 日本人はいつからこんなに浮世絵好きになっていたのだろうか。

そんな新鮮な驚きとともに会場を回っていると、作品に添えられた言葉がなんとも面白い。江戸っ子風だったり、現代のヤンキー風だったり、日本語ならではの役割語の表現が、作品をさらにわかりやすくしている。さらにカタカナ英語が漢字熟語風タイトルのふりがなとしてそえられているなど、視覚にうったえる文字選びと韻を踏むなどの音読も遊び心たっぷり。言葉選びが作品に絶妙にハマっていて、老若男女、とくに日頃美術鑑賞に疎遠な人でも、時代劇を見る気軽さで鑑賞できたことだろう。キュレーターを始めとする企画チームの工夫が作品とズバリマッチしての大盛況と言える。

最近は世界のどこかで必ず展覧会が開催されているというほどの人気を誇る浮世絵だが、ここまで大規模な浮世絵展は世界有数のコレクターである本拠地MFAですら滅多に行われない。
実は私がこちらに住み始めて一番楽しみにしていたのはMFAの浮世絵が見られること。並々ならぬ所蔵数があり日本美術専門の展示室もあるからには、少しづつ短期間ずつでも常に作品展示が行われると信じていたからだ。スポルディング( William S. and John T. Spaulding )コレクションのように展示禁止(研究のためなどの閲覧は可能)の条件付きでの寄贈作品はともかく、他の作品に対しても厳密な保管のルールがある。一般への展示公開よりも可能な限り良い状態で後世に継承していくことに重きを置く美術館と言えるかもしれない。

ちなみに今回は、MFAでもっとも多く浮世絵(特に国貞・国芳作品)を寄贈したビゲローの(William Sturgis Bigelow)コレクションを中心に展示されていた。