国芳の《摂津国擣衣玉川》の内容を見ていこう。
手元の作品には作品名がない。先日お話したとおりこの作品は3枚の揃いもので、他の2作のうちの1作に題名が記されている。
こちらがボストン美術館所蔵の完全版。
並べてみると紙から紙への絵柄の連続性がよくわかる。向かって右の作品に《摂津国 擣衣の 玉川》とタイトル。摂津国は現在の大阪府北西部と兵庫県南東部。擣衣(とうい)とは砧打ちのことだ。
MFA作品では女性たちの奥に鮮やかな青色のうねりがみえる。タイトル付きの作品が山に近い川上で、左に向かって川下となり川幅が広がっている。手持ちの作品(下)は川も川岸も青の濃淡で彩色されているが、MFA作品は川岸が緑色の濃淡で随分印象が違う。
玉川の「玉」とはうつくしいという意。海外美術館収蔵作品は玉川が「Jewel River」と英語訳されている。まれに見る美しさで貴重な川というイメージだろうか。
古くから日本各地の美しい川6ヶ所を六玉川と呼んでいた。山城国井手(京都府井手町)、近江国野路(滋賀県草津市)、武蔵国調布(多摩川)、陸前国野田(宮城県塩釜市から多賀城市)、紀伊国高野(和歌山県高野山)、そして摂津国三島(大阪府高槻市)の6箇所だ。
うちの作品は見ての通り揃物の中央に置かれる作品。この女性は筵に座って作業中。砧打ちといわれるこの仕事、手に持った木槌で砧と呼ばれる木製(石の場合もある)の台に巻きつけられている布を打っている。この作業をすることで布に光沢がでて柔らかくなるのだ。子どもを背負っての作業でこの量はかなり骨が折れるだろう。左の女性は作業が終わったものを持ち去ろうとしているのか。右の振袖姿の若い女性の奥にもむしろに座って砧打ちをする二人の女性が描かれている。
高槻市の公式サイトによれば三島の玉川は「砧の玉川」ともよばれる。砧打ちは古くから女性の仕事。秋の夜長の砧打ちの音が素朴で趣があることから詩歌にも多くとりあげられた。なかでも浮世絵でよく見かけるのがこの和歌。
松風の音だに秋はさびしきに衣うつなり玉川の里
源俊頼 「千戴和歌集」より
秋の夜長のしっとりした空気と物悲しさが感じられる。
<参考サイト>
「摂津国」『コトバンク』
https://kotobank.jp/word/摂津国-87376(4/27/2021 閲覧)
高槻市 街にぎわい部 文化財課 2012「33.摂津の玉川」『高槻市インターネット歴史館』
https://bit.ly/3ewUXmQ(4/27/2021 閲覧)
《六玉川 「摂津国檮衣の玉川」》Museum of Fine Arts Boston
https://bit.ly/2S6ruZu(4/27/2021 閲覧)
柳沢敦子 2011「「多摩」か「玉」か 六玉川へ」『朝日新聞 ことばマガジン』
https://bit.ly/2QE6g4W(4/27/2021 閲覧)