国芳の「擣衣の玉川」の犬

今回は犬の話。

前前回のボストン美術館所蔵の国芳作の続き物《六玉川 摂津国擣衣の玉川》。
手元にある作品は3作の真ん中に位置するもので、両側には2作品ある。それらの作品にはそれぞれに犬が描かれている。すこし気になったので、当時の犬について少し調べてみた。

一勇齋国芳画 六玉川 摂津国擣衣の玉川(1847~1852)
資料番号: 17.3211.29 (右), 17.3211.30 (左), 17.3211.31 (中央)  Museum of Fine Arts, Boston 所蔵

MFAの六玉川の続き物を見てみよう。
右側の振り袖の娘のうしろにはまどろむような白黒のイヌ、左の反物を持つ女性のうしろにはシャキッと番犬のように座るイヌ。こちらは2色のまだらにみえなくもないが、影のように表現効果をねらったのかもしれない。どちらも現在の中型犬だろう。

江戸時代、さかのぼって五代綱吉の時代に「生類憐之令」(1687・貞享4)が出され、とりわけ犬の地位が過剰なほどに向上した。犬の戸籍に専門医、犬目付の巡検など、犬を飼うのも容易ではないと捨て犬が増えて、その収容のために野犬の犬小屋を作ったほど。1709年の綱吉の死後やっとこの法令はとかれた。
いずれにしても江戸時代は犬や猫、鳥・金魚・虫といったペットが階層を超えて広く飼われたそうだ。なかでも犬は人に寄り添う性質が強いためか、育て方のマニュアル本が出版されるなど人気のほどがうかがえる。

暁 鐘成著 1800  犬狗養畜傳
国立国会図書館デジタルコレクション

こちらが『犬狗養畜傳』、マニュアル本。一般的な犬の飼い方だけではなく、愛情を持って犬に接する心得や病の際の薬に至るまで記載があるそうだ。著者の暁鐘成(アカツキ カネナリ)は大阪の浮世絵師とのことだが、浮世絵作品は未だ見ていない。犬に特化した飼育マニュアルが出版されたところを見ると、やはり犬を飼う人は多かったのだろう。

中村惕斎編 1789「犬」頭書増補訓蒙図彙大成 21巻 [2]
国立国会図書館デジタルコレクション

こちらは『頭書増補訓蒙図彙大成』、今で言う図鑑。右側が犬のページ。
右ページの中央が「獒*(ごう)犬」とよばれ、体高が4尺(約120cm)ほどの大きな犬のこと。おもに唐犬(輸入犬)のことだ。毛がフサフサのむく犬が「㺜**(のう)犬」、手前の一番小型犬は単に「犬」。港郷土資料館の資料によれば、この「犬」は一般犬のことだそうだ。

国芳の擣衣の玉川に描かれている座っている犬は体高がありそうなので獒犬のようだが、輸入種が庶民のペットというのは少し無理がありそうなので混合種かもしれない。

国芳作品では犬や猫がたびたび見られる。この作品のように犬の特徴を描き分けていることからも、国芳が犬に興味を持って観察していたこと、好んでいたようだ。

そして幕末も犬は人気のペット。マーケティングに余念がなかった幕末の出版業界は美人と一緒に犬や猫を描くことも販売戦略として狙ったのかもしれない。

*獒(ゴウ):①おおいぬ(おほいぬ)丈が4尺以上のいぬ。②猛犬 ③つよい犬
**㺜(ノウ):けものへんに農という字、手持ちの辞典などでは見つからずWeblioによれば「日本語ではあまり使用されない漢字」とのこと

<参考文献>
貝塚茂樹他 1982 「獒」『角川漢和中辞典』角川書店  p.699d
西山松之助他編 2004「愛玩動物」『江戸学事典』弘文堂 p.398b 

<参考サイト>
暁 鐘成著 1800 『犬狗養畜傳』国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2536385
中村惕斎 編 1789「犬」『頭書増補訓蒙図彙大成』21巻[2]
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2556824(2021年5月20日閲覧)
「㺜」weblio漢字辞典
https://www.weblio.jp/content/㺜(2021年5月20日閲覧)
港郷土資料館 2017「江戸時代の犬と猫」『港区立港郷土資料館へ行ってみよう!第14号』
https://www.minato-rekishi.com/pdf/kids/ittemiyo-14a.pdf(2021年5月20日閲覧)